珈琲 | 丸の内で働く社長のフロク Powered by アメブロ

珈琲

古い佇まいの珈琲店に入った。
時間調整が目的であってコーヒーの質を求めたわけではない。
たまたまそこにあり、煩わされない雰囲気があったからに過ぎない。


メニューが出され、シティロースト、フルシティロースト、ナンチャラカンチヤラ、ウンヌンカンカン……と書いてある。
とにかく見慣れない名前ばかり。頭の4種類が700円であった。


そしてその4種類の下から右側に掛けてツラツラとコロンビアやらキリマンジャロやらといった名産地(と推測される……私のコーヒーの知識は浅い)が並び、800円、900円……と徐々に高くなっていく。
それぞれに赤い星と黒い星が銘柄の横に付してあった。
赤は酸味、黒は苦味だという。


私は個人的にコーヒーの酸味を好んでいない。かといって、必要以上のロースト感も好きではない。
そこで、星の読み方がわからなくなった。
つまり、酸味が少ないのを選んでローストが(つまり苦味)が増すのは避けたいわけだ。
うーん、どれを選ぶべきやら……
カウンター越しの彼女は化粧気はないがキレイな顔立ちだ。鼻筋が通っていて美しい二重がくっきりと弧を描いている。その彼女に迷いを伝えた。
「どれが一般的なんですか?」
相当に真意を要約した。


ふらっと入っただけの珈琲店で必要以上に細かく聞きけば、彼女の顔立ちに惹かれて思わず絡もうとする中年男と見られかねない。
だから、さらっと聞くしかなかったのだが、その真意はこうだ。


「実は時間調整でふらっと入っただけで、そんなに時間があるわけじゃないんですよ。てか、君、バイト? あっ、ゴメンね。立ち入っちゃって。
話し戻すと、そんなわけだから1000円のキリマンジャロとか要らないの。
一番安いので全然いいんだけど。でも、金を惜しんでるわけじゃないってことをわかってほしいんだ。
でね、例えば、タリーズのフレンチローストみたいな、ああいうかなり焙煎したやつは嫌いなのよ。かといってコーヒーの酸味もあまり好きじゃない。
それで、この赤い星と黒い星は? ああ、下に書いてあったね。ごめん、ごめん。
えっと、バイトだったっけ? そうだよね。関係なかったよね。
話を戻すと、要はね。酸味がきついのも苦味がきついのも嫌だったらどうしたらいいかな?」


それを端的に言葉にすると
「どれが一般的なんですか?」
であった。


彼女は特別こちらを見るでもなく答える。
「そうですね。ウチではシティローストが一番フツウです」
その語り口はどこか幼い印象を与える。見た感じ20代後半だというのに、そのギャップが人気の秘密に違いない。


「じゃあ、それで」
私も突き放すでもなく馴れ馴れしくもせず、大人の雰囲気で応じた。
この場では一番フツウがいいに決まっている。それはつまり彼女のレコメンでもあるのだ。
彼女は目線をカウンターのどこかに維持しながら、静かにメニューを閉じ、ゆっくりと奥へと歩いていく。
カウンターに点々と並ぶ男たちはそんなやり取りを横目に、それぞれにコーヒーの香りを楽しんでいた。
心地よい香りが漂う店内。そして、大人たちの静寂ーーーそれ破るように可愛い彼女の声が響き渡った。


「ブレンドで~す」


って、ブレンドだったのかよ……
じゃあ、なんでメニューに書かねえんだよっ!