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JOCオフィシャルパートナー

いつの間にやら9月を迎えました。


Ⅰ社は9月決算ですので、いよいよ来期に向けた

取組を少しづつオープンにしていく時期です。





先ごろ、Ⅰ社は財団法人日本オリンピック委員会と

JOCオフィシャルパートナーシップ契約を締結しました。



(※こういうことを書くのにⅠ社などと表現するのは不謹慎?)






これは、大変に意味のあることと考えています。



(※なんだか自社の宣伝になってしまいますが、お許しください。)






日本選手団の応援を通じて、インテリジェンスが目指す

知的で人間味あふれ、あらゆる方々に好感されるブランドイメージに

近づいていくことが出来ると考えています。







そんなことで、先週9月1日ですが、JOCの竹田会長、遅塚常務理事をはじめ

JOCの皆さんの多大なご協力の下、JOCオフィシャルパートナー記者発表会

なるものを開きました。




JOC2




竹田会長、遅塚常務と雑談させていただいく中で

「日本人は世界で一番オリンピックが好き」という話を伺いました。







前回の夏季五輪アテネオリンピックで、国民一人当たりのテレビ視聴時間で

最も長かったのが日本であり、2位を大きく引き離しての第1位だったそうです。








これは、新たにJOCファミリーの一員となった我々としては、

うれしい話です。









間もなく、オープニングキャンペーンとして

「トリノに行って、ついでにミラノも観光しよう」みたいな

完全オープンな懸賞を行います。











それから、来月10月からⅠ社提供でトリノオリンピックを意識したミニ番組も

スタートいたします。










そこでは新しいCFもスタートしまして、島谷ひとみさんに楽曲を提供して

もらいました。







そんなことで、今回はすっかり宣伝になってしまいました。

港屋というそば屋

港屋というそば屋




そば屋論争に戻す気はないものの、なかなか優れたそば屋さんを
見つけました。



お店は港屋。
港区の虎ノ門か愛宕かそのあたりです。



立地は決して良いとは思いません。
ビジネス街のはずれという感じ。
港区のど真ん中なのに、なぜかうらびれた寂しい感じのするところ。




さて、この港屋さん、そんな立地なのに昼時はあふれんばかりの
行列が出来ております。
(その行列が気になっていたのと、ある人から「うまい」と聞かされて
今回行ってみた次第です。)




港屋さん、要は人気店であります。





入りますと、店は狭い。
だいたい12~13坪と見ました。
そば屋として決して広くはない。





で、椅子はありません。立ち食いであります。
どかっと正方形のテーブルが設置されている。
だいたい2.5m角くらいでしょうか。




そのテーブルが狭い店内に頑丈にすえつけられていて、
余計狭く感じる。
でも、この不釣合いなテーブルの存在がこの店の特異性を引き立たせている。





入り口付近の食券売場(?)で注文。
メニューは通常のそば屋のそれではありません。
ほとんど聞いたことのないものばかり。
でも、確かにそばではあるようです。





私は、お奨めの「肉そば」を注文。
その後、テーブルの奥に据えられたカウンターで「肉そば」を
受け取ります。


そば


狭い通路(というかテーブルと壁の隙間)を通って、テーブルに
自分の場所(立ち位置)を陣取ります。




そばは想像とは全く違う姿をしていました。
まず、そばはドンブリに盛り付けられている。
かなりの量です。
そばの上にねぎがどっかり、更にその上に煮からめた牛肉がどっかり。
(煮込んだ牛肉は牛丼のそれのイメージ)
さらに、その上にふんだんの刻み海苔がのせられて・・・
ドンブリがてんこ盛りの状態です。





つけ汁というかつけだれというか、ごま油の風味が効いており食欲をそそります。
でもって、それがかなり辛口です。
そばとともに吸い込むと咳き込む感じ。
それくらいからみが効いている。

例のでっかいテーブルの上に、整然と並べられた薬味たち。
揚げ玉とねぎ、そして何と生卵。



なるほど、この辛さを緩和する意味で生卵は有効です。
むしろそのままだと咳き込んでしまって、食べられない。




なかなかうまいそばでした。量が多すぎて食べられませんでしたが…




さて、港屋さんは一見、竹之内豊のような店主が3人の女性アルバイトを
雇って経営しています。
そば屋の議論を蒸し返すつもりはありませんが、このお店、実に現実的に
ビジネスとして見事な成立を見せています。





たとえば、立ち食いなのに、単価はそれなりに高い。
私が食べた肉そばは850円でした。
恐らく平均の客単価は700円程度はいっていると見ます。
でかいテーブルに収容できる最大数は18人くらいでしょうか。





一人当たりの滞留時間は長くても10分程度でしょう。
ピーク時に捌ける客数は11:30~13:30の2時間で、
ざっと200人くらい。
昼時の売上はだいたい14万円程度と想定されます。




雑駁ですが、夜についても同じ時間数、客数、客単価で
考えると、1日当たりの売上は28万円。
1ヶ月当たりの営業日数を20日として考えると、年間売上は6720万円。




そばも粉モノということになるのでしょうが、原価は安い。
地代家賃、人件費などの諸経費を多めに見積もっても、
港屋はかなりの利益を上げているはずです。
(港屋さん、勝手な想定をしてごめんなさい)




港屋のご主人に「こちらのそばは量がたっぷりですね」と声を
かけると「私は少ない量のそばが嫌いなんです。だからウチではたっぷりの
量を出すようにしています」という答えが返ってきました。
なるほど、こちらのご主人はしっかりとしたコンセプトを持っている。
彼ならではのそばに対する思想を感じます。




ここで私は考えます。
港屋のご主人は、果たして「少ない量のそばをどうにかしたい!」という
理念からそば屋の開業にいたったのでしょうか?





そうではないはずです。
このご主人はどんなビジネスが儲かるだろうか?
ということを真剣に考えて、その結果、こうしたユニークなスタイルの
そば屋の経営に至ったのだと推測します。




で、その結果、確かに顧客から評価を受け、この店でしか味わえない
ユニークなそばを提供し、彩を放っている。





何回か書いたそば屋議論で私が言いたかったことを
体現したそば屋さんと出会った気がしたのでした。

『けものみち』を読みまして…

思いのほか、そば屋の話が盛り上がり、
ちょっと収拾がつけにくいですね。

ということで、全然関係のないネタを一席。





最近、ある人の薦めで松本清張さんの
『けものみち』を読みました。


松本 清張けものみち

薦められた理由を話すとややこしいので割愛しますが、
いわゆるサスペンスであり推理小説というんでしょうか、
それを純粋に楽しむことを目的に読んだわけではありません。





ところが、この小説読み始めるとなかなかストーリーも面白く、
700ページを超える文庫本なのに、実にスラスラと読めてしまいました。
先週はじめから読み始めまして、週末に出張があったということもあり、
週末までに読破しました。





読書





何が面白いか?
この本、時代としては昭和37年、38年くらいに書かれた作品です。
この書かれた時代そのものが大変に新鮮で面白い。





現在を起点にして、約40年前の昭和37年ころを描くのとは違って、
松本清張さんが生きている時代をライブに描いているので、
その時代が生々しく伝わってきます。






書中で、鬼頭洪介なる大物人物が登場するのですが、
この人物がよぼよぼの病床に臥した老人として描かれています。
歯が無くて、体がぶよぶよになっているというので、90歳近い
老人なのかな?と思いきや…







その年齢が60歳ちょっと。






つまり、今から40年前の60歳というのは、ここに描かれているように
本当に老人だったわけです。
考えれば、昭和37、38年ごろの60歳であればほぼ19世紀末の生まれ。
食事情から何から、まるっきり現代とは違う環境であったことは
間違いありません。







ドラッカーさんが何かで書いていましたが、現代人が長生きになった最大の理由は
医療の進化ではなく、体を使わず知能労働中心になったからとありました。
鬼頭老人が生きた時代は現代とは比べ物にならないくらい不便だったわけで、
また、あらゆる生産物が機械化程度の低い非効率的な生産活動によって
生み出されていたわけですから、体の使い方が違ったのでしょう。






一方、現代に生きる私たちは過去とは比較にならないくらい若い。
現代の60歳を今から40年前にタイムスリップさせたら、とても60歳には
見られないはずです。






こうして考えると、人が生まれ、大人として成熟して、
やがて年老いるという人生の節目節目に変化はないものの、
その節目の一つ一つが昔に比べて長くなっているように思います。







つまり、現代人は昔の人に比べて”人としての成熟”が遅い。
それだけ人生を楽しむ時間をたくさん授けられているのが現代人と
いえます。







ところが、時代の動き、環境の変化ということになると
これまた過去と比較にならないくらいスピーディーです。

私たち一人ひとりに与えられた時間は長く、人としての成熟に
向けた時計の針はゆっくり動いているのに、私たちを取り巻く
環境の変化は非常に早い。




この状況が現代人に色々なストレスを与えているように思います。
また、様々な錯誤を与えているように思います。





結果、たくさんの時間を与えられているにもかかわらず、
先を急ぐ人生を送ることになったりする。
周辺の変化の速さに惑わされず、自分の人生の針をしっかり
刻んでいくことが大切だと思うわけです。

結局そば屋ネタなのだが…

話は斜めの方向から入ります。
しかし、結局はそば屋の議論です。




今、名古屋におります。新幹線に乗るところであります。


諸々の予定があり、夕方からこちらに入りました。
そして、最後の予定が名古屋での来年新卒入社予定者との
懇親会でした。








そこで話題になったのがこのフロクであります。
内定者ということもあり、このフロクを読んでいる学生さんも
おります。




自然に今こうして書いているそば屋の議論について
話が及んでいきました。





3回書いたそば屋の話ですが、私自身どうもブログの皆さんに
どれだけ伝わっているのか疑問に思っておりました。

また、自分自身の表現力の限界も感じていた。
どうも伝わっていない気がする…。



当然ながら、自分のいいたいことを完全に伝えるなど
どだい無理なのであって、そうしようということ自体が傲慢である
ということは承知しています。






しかし、やはり、どうも伝わっていないもどかしさを感じていました。


そのもどかしさを内定者の皆さんに指摘された感じがした。








いや、それは意識し過ぎで、話がそば屋に及んで、口頭で説明したい
気分になったわけです。




時に、やはり口頭で話をすることは、文章とまた違う「まとめ」を
与えてくれるようです。










話しながら、そば屋でいいたいことがまとまった気がしています。



そば屋をやるのか、ラーメン屋をやるのか、運送屋をやるのか、
何をやるかということはどうでもいいわけです。
そば屋はひとつの例に過ぎない。






要はビジネスの、商売の、本質を見ようということです。



ビジネスの本質は儲けることです。
それは否定できないし、否定するのもおかしい。





私は、この儲けるという行為そのものの面白みについて語りたいわけです。
サッカーで言えば、点を取る楽しみといえるでしょう。
サッカーは点を取るゲームです。
本質的に点を取らなければ勝てない。
ゲームに勝つためには少なくとも1点は取らないといけない。






どんなビジネスを選択するのかということに悩んでいる人は
儲けることの楽しみ・面白みを知らない人と思います。






サッカーでも点を取るのは単純に楽しいはず。
ビジネスにおいても儲けることは単純に楽しいし、儲ける程度を競う
ゲームがビジネスともいえる。







サッカーでたとえれば、どんなビジネスを選択するのかということに
こだわるというのは、どんなプレイスタイルかにこだわる姿に見えます。
点を取らなければ勝てないサッカーにおいて、どんなプレイスタイルかより、
いかにして点をとるかを考えるべきでしょう。



そして、何より、点を取ることはとても楽しいはず。
点を取ることの楽しさを知らないプレイヤーはどんなプレイスタイルかを
評価したり問うたりしたりするかもしれない。





しかし、点を取る楽しみを知っているプレイヤーはどんなに不細工なプレイでも
点を取れたということを喜べるはずです。







すばらしいプレイだから点が取れるのではなく、
点が取れるプレイがすばらしいプレイなのです。



ビジネスも同じです。
すばらしいビジネスだから儲かるのではなく、
儲かるビジネスがすばらしいビジネスなのです。



伝わったでしょうか?
まだ消化不良の感じもしますが、今回の名古屋出張で、
私の言いたいことが理解いただけた人が増えることを
期待しています。




もうすぐ新幹線が京都に到着するので、この辺で終わります。

そば屋なら出来るのか?③

またもや、そば屋議論の続きです。
この回だけ読むとわけがわからないと思いますが、
まあ続けます。


「独立はしたいが、そば屋をやりたいわけじゃない」という人。
「やりたいビジネスは見つかっていない。でも、将来独立したい。」
「そば屋なら出来そうだけど、それはやりたくない。」


なぜ、このような結論に至るのかを考えて見ましょう。



毎度、私、「そば屋をやりたいわけじゃない人」に聞くわけです。
「なぜ、そば屋じゃ駄目なんだと」



すると、一つのパターンは「そば屋なんて意味を感じません。」
という答え。
ここでは、このパターンを『理念先行型』と呼んでおきましょう。
解説は後ほどです。







また、二つ目のパターンは「そば屋なんて星の数ほどある。
いまさら、そば屋をやっても儲かるとは思えません。」
ここでは、このパターンを『ビジネスモデル信奉型』としましょう。
これも解説は後ほどです。








また、三つ目のパターンは「だって、すぐにはできません。
お金もないし、ノウハウもないし、人脈もないし…」
ここでは、このパターンを『永遠に無理型』とでも呼んでおきましょう。



『永遠に無理型』の人は、話がもう一度、同じところに戻ってきています。
独立したい→何で今やらないの?→お金が無い、ノウハウが無い→
→そば屋やれないの?→やれる、でも、そば屋はやりたくない→
→何でそば屋じゃいけないの?→お金が無い、ノウハウが無い→…



もはや、出来ない理由を求める流浪の民の状態です。
本当にやりたいことは何であるのかから考え直すべきでしょう。









さて、次に見るべきは『理念先行型』です。
彼は、「そば屋なんて意味を感じません」という。


何という不遜な発言か!と言いたくなるおそば屋さんもおいでと
思います。


叱られ



どうやら「そば屋なんて意味を感じません」という人は
「ビジネスを通じてとてつもないことを実現しなければならない」とでも
考えているようです。





勿論、ビジネスは金儲けだけが目的だとは言いません。
しかし、金儲けであることを忘れるべきではないし、志の高さも必要ですが、
それ以前に、どのようにビジネスとして成立させるかを考えるべきでしょう。






また、そもそも意味のあるビジネスといえる次元で経営できている存在が
どれほどあるというのでしょうか?
逆に、意味のないビジネスなど存在するのでしょうか?






少なくとも最初から意味のあるビジネスを展開することが出来ている存在など
そうはないはずです。
見方を変えれば、ビジネスにおける金儲け以外の意味を持たせることを
実現していくプロセスが経営かもしれません。






理念先行型で意味のあるビジネスなるものを追い求めても、
それが見つかるとは思えません。
志の高さを気取るよりも、徹底的に現実的に金儲けとして成立させることが
出来るかどうかを検討すべきではないでしょうか。







何だか偉そうな書き方になってきました。
今日はこの辺にして、続きは次回にさせてください。


つかれた またね

そば屋なら出来るのか?②

「そば屋はやりたくない」「お好み焼き屋はいやだ」
(前回)の話の続きです。



なぜ、世の中の60%の人はそば屋ならやれると思うのか?
なぜ、残り40%の人も学園祭の模擬店のお好み焼き屋ならやれる
と思うのか?
(数値はいずれも私の感覚値)




これは考察に値しますね。


ひらめき


|| この話、そば屋さんを経営されている方々には
|| 極めて僭越であります。
|| そうした経営者の皆さんからは「そば屋を馬鹿にするな!」
|| とお叱りを受けるはずです。
|| 大変申し訳ありません。




「そば屋ならできる」「お好み焼き屋ならできる」と考える理由は
その人が持っている経験や常識を駆使することで、ビジネスの
プロセス全体をおよそ網羅的に想像できるからだと思います。



そして、そば屋において非常に重要と考えられる「そばを作る」という
プロセスについて、必要とされる技術もだいたい想像できる。
勿論、想像できるだけで、実際に出来るかとなれば別なのですが、
「自動車用の鋼を作る」プロセスについてほとんど想像できないことと
比較すればハードルが低いことは間違いありません。



うまいかうまくないかは別として、そばを人に食べさせることなら
出来そうな気がするわけです。




また、ビジネスの構造として、そばなどの材料を仕入れた値段と
そばを作るためにかかる経費の合算値よりも高い値段でそばを
食べてもらえれば商売として成り立つ話だということも大概の人が
直感的に理解するようです。


つまり、コスト構造がこれまでの常識や経験から算出しやすい。




そんなことで、「そば屋(お好み焼き屋)ならやれる」となるわけです。




だったら、他のビジネスだって出来るはずだとなぜ考えないのか?
やはり、前回も述べたように、真剣に考えていないだけなわけです。


最初から「出来ない」と考えているだけ。
考えれば出せる答えを出そうとしていないだけであります。


つまり、「自分でビジネスをやりたい」「経営をやりたい」というけれども、
結局、そこまで強い意志を持っていないということかもしれません。



次回は「独立はしたいが、そば屋をやりたいわけじゃない」という人が
なぜ、発生するのかについて持論展開したい考えです。


またね

つづく

そば屋ならできるのか?

さて、
よく「将来、経営者になりたい」とか
「独立したい」とか、そうした話に出会うわけです。




たとえば、採用セミナーや面接。
はたまた、Ⅰ社社員の相談…。




そうしたときに聞くわけです。
「何で、すぐにやらないの?」





すると、多くの場合、
「えっ?今は無理です…」
「だって、経営のノウハウがありません」
とか


「ビジネスアイデアがありません」
「商売のネタを持っていません」
とか


「資金がありません」
「ネットワークがありません」
などなど…




「出来ない理由」をたくさん聞きます。




そこで、聞きます。
「だったら、1店舗のそば屋さんを経営するっていうのは
想像がつきますか?」




大概ここで2つに分かれます。
YESは60%くらいでしょうか。
NOが40%くらい。




NOの人には続けます。
「であれば、学園祭の模擬店でお好み焼き屋をやるなら?」
「出来ると思いますか?」




ここで、ほぼ全員が「やれる」となります。




こんな問答から私が言いたいのは、
「経営をやる」とか「独立をする」ということはそんなにハードルの高いこと
ではないということ。




経営といっても、商いとして成立させるというごく原初的な取組であれば、
成人が常識的に行動さえすれば十分実現可能なのです。


学園祭でのお好み焼き屋で儲ける構造と他のビジネスで儲ける構造に
そんなに大きな隔たりはありません。


恐らくサッカーのルールと野球のルールの違いよりも
はるかに近似しているはずです。



つまり、そんなに独立したいなら、すぐやればいいだけのこと。


ところが、頭が良いタイプの人はこう言います。
「そば屋(お好み焼き屋)をやりたいわけじゃない」




なぜ、「やれる!」と思うビジネスを「やりたくない」と片付けるのでしょう。
ビジネスをやりたいはずの人がビジネスであるはずのそば屋を
やりたくないとおっしゃる。


勿論、「ビジネスとして成立すれば何でもいい」とまでは言いません。
しかし、「~をやりたいわけじゃない」というスタンスで取り組むべき何かを
見つけられるのでしょうか。


「~をやりたいわけじゃない」という風に出来ない理由・やらない理由を
並べるのではなくて、「何ならやれるんだろう」という模索のスタンスで
あるべきと思います。



「何ならやれるんだろう」というスタンスなら具体的に考えるはず。
どうすれば出来るか、何をやらなければならないか、深く考えるはずです。



人間の能力にはそんなに大きな違いはないはずです。
どれだけ真剣に考えるかで差が出るものと思います。



そして、前述したように、およそ大概のことが常識的に考えれば、
解決できます。



ある意味で言えば、単純に考えられるかどうかが大事なのかもしれません。
勿論、ビジネスが原初的段階から脱皮して複雑性が増してくれば、
必ずしも常識だけで乗り切ることが出来なくなることも間違いありません。
この辺は、また機会があれば持論展開したいと思います。


つづく

夏といえば

夏といえば、夏休みであり、
夏休みといえば宿題でしょうか。



私事で恐縮ですが…
(考えてみると、ブログというのは私事のカタマリですな)
子どもの頃から宿題というのが嫌いでして、
ほとんどやったことがありません。



そんなことで、大人になってからも、
「よし、今年の夏はこれをやろう!」
みたいな課題を自分に課しても、結局やらんのです。




これはマズイですね。
人に言っていることとやっていることが違う。




実にマズイのですが、仕方ありません。




しかし、今年の夏はちょっと行動を改める必要がありそうです。
というのは、このブログですね。




結局、フロク開始以来、一番反響があったのは、
何とタンバくんについてでした…


怒り



前回などまずまずの反応があるかな?
なんて思っておりましたが、結局たいした反応もなく…




人間不思議なもので、反応であり反響であり、つまり評価だと
思うのですが、それが無いと張り合いがありません。




自分としては、タンバくんについて書いたフロクは”実験”でした。
反応があるであろうことは想定していたのですが、
まさか過去最高とは…




なんともやるせない。
自分が評価してほしいところで評価されず、
あまり誉められても…と思う部分を誉められている。
そんな感じです。




これはどうにかせねば…
これが夏の宿題であります。

夏本番ですな

夏本番ですね。





いつの間にやら8月に突入。
外出する仕事の方々には大変な季節です。



私も営業マンですから…外出してナンボと思って仕事してきましたが、
外出でいやなのは、冬より夏ですね。



勿論、地域柄もあるでしょうが、少なくとも東京では間違いない。





昔から「2・8(ニッパチ)」などといいますが、夏場の暑い時期、
なぜか世の中全般がだらけるようです。



法人営業の経験から言うと、8月のお客様は”ゆるい”



8月前半は「もうすぐ夏休み」モードで緩くなり、
8月後半は「夏休み明け」モードで緩くなりと、
8月は詰め込んで仕事をしようという状況じゃないのでしょう。





そういう意味で、8月の営業態度は”ゆるめ”のアプローチに限りますね。
がちがちに硬いプレゼンテーションとか、詰め詰めのクロージングとか、
夏はそういう季節ではありません。



やはり夏の営業マンは植木等スタイルで行くべきですね。
サラリーマンシリーズに登場する植木等のいい加減っぷりが最適でしょう。





アポイントは18:00か17:30。
(会社の体質によっては19:30かな…)
そのアポが終了した後に”繰り出せる”時間に設定したいですね。
(だって、昼は暑くて移動どころじゃないでしょ。
それだけで疲れちゃいますから。)



ひとしきりそれらしい打ち合わせをした後に、
「それじゃ、続きはビールでもやりながらにしますかー!」
などと盛り上がり気味に誘ってみると相手も緩くなっていますから
「そうしよう」となりやすい。


特に誘いにくいタイプの人には、やってみるといいですね。
勿論、つれない返事もあるでしょうが…


ラーメン


ちなみに、ちょっとした心理ですけど、「ビールでもやりながら」の
「やりながら」という表現が効果的ですね。



「ビールを飲む」じゃなく「ビールをやる」
意味不明ですが、仕事中に口にする上で、「飲む」よりも「やる」のほうが
不謹慎な感じがしない。(本当か?)




それから、「やりながら」というのがいい。
本当は「ビールやりながらビールやる」だけですから、
ビールを飲む以外、何もしないのですが…


「やりながら」などと柔らかに「仕事の話をするのかな?」という
印象を残しつつ、誘うイメージがいいわけです。(本当か?)








それから、どうしても昼にアポイントだということなら、
アイスクリームを買っていったほうがいいですね。




10本くらい入ってるやつがコンビニに売ってますよね。
あれ買ってくと喜ばれますね。








それと「暑気払い」っていう言葉も便利ですよね。
普段聞きなれないし、世の中で本当に「暑気払い」ってものが
あるのかわかりませんけど。



日本のビジネス界で「暑気払い」といえば、単に夏に飲みに行くことですね。
単に飲むだけなのに「暑気払い」とは、じつに風情のある表現です。






飲むだけですから、暑気が払えるとも思えませんが…
そんなことはどうでもよく、単に「飲みに行きましょう」というとばつが悪い
のですが、「暑気払いに行きましょう」というと何だか特別な感じがする。



「暑気払い」というだけで何だか正当な理由であるかのようです。




営業マンたるもの、これを利用しない手はない。
「暑気払いに行きましょう」何つって誘ってみる。




まあ、「暑気払いって何ですか?」とか言われないように気をつけないと
いけない時代ですけど…


またね

タンバくん

最近、Ⅰ社のO役員との話題の一つが、「タンバくんをどうするか?」
ということであります。




悩み




O役員はタンバくんがキャラクターとして登場するⅠ社のサービスOPPOの
担当。
つまり、「タンバくんをどうするか」決める人ということになります。




私としては、当フロクに登場するタンバくんには相当の愛着もあり、
キャラクター商品の開発すら目論んでおります。




勿論、キャラクター商品の開発などということはⅠ社の仕事の範囲では
ないわけで、あくまで個人的に細々と商品開発を目指しております。



飛行機




Ⅰ社の経営企画部に、当フロクをご覧頂いている方から
「タンバくんのキャラクター商品はないのか?」といったお問い合わせを
頂いたり…


また、ブログの皆さんのコメントを見ておりますと
「タンバくん、かわいい!」といったお声も目立ちます。




そんなことで、取り敢えず、タンバくんの携帯ストラップくらい
作ってみようかな…なんて。




ブログの皆さん!
どうでしょうか?