丸の内で働く社長のフロク Powered by アメブロ -5ページ目

入力

仕事において、少しでも効率を上げたいとか、有意義な結果を得たいとか、そう考えるのはごく当たり前のこと。
私も常にカイゼンと思って自分の仕事の仕方を変え続けております。




最近、私が取り組んだ結果、有意義な結果を得られた代表例は「フリック入力」です。
えっ? とお思いの方もおいででしょう。
しかし、これが私のモバイル生活を劇的に変化させたといっても過言ではありません。(ちなみに、この文章もフリック入力で作りました)
つまり、iPhoneでかなりの文章を(ストレスなく)打つことができてしまう。
(自分の中で)これはなかなか大きな変革でした。



最初にフリック入力の存在を聞かされた時には、誰がそんな面倒なことをするかい! とまあそう思ったものです。
しかし、ある時、滅多に会わない血縁者(娘)から便利だよと勧められ、チャレンジ精神が沸き起こりました。
彼女いわく「丸1日、死にそうになりながらでもやり続ければOK。すぐに慣れるから」とのこと。
一度覚えれば、それはもう劇的に早打ちができるということでした。




それから丸一日格闘しましたが、全くインプルーフメントはありませんでした。
さらに我慢すること1週間。それでも、「ふ」と「ひ」と「へ」を間違う始末(それはつまり「う」と「い」と「え」を間違うといういことであり、すなはちそれは、ほぼ毎回打ち間違うということ)。
それでもあきらめないのが私の偉いところです。もはや意地とばかり効率を無視してフリックし続け、ようやっとマスターしました。
(娘が丸一日でできたことを私は丸1カ月要してようやく身につけたということであります)




それでも、その苦労による収穫は大きなものがありました。
私がひそかに目指したのは「ペーパレス」と「脱PC」です。
PCは確かに便利ですが、いくら軽量化されたとはいえそうそう持ち運ぶ気にはなりません。
そこでスマホとタブレットでできてしまうことはできるだけやろうと。
さらに、紙によるメモやら何やらをなくそうというチャレンジには、思い浮かんだ瞬間にその内容を記録するデバイスが必要になるわけです。




たとえば、あるアイデアが浮かびます。
(私の場合)それをすぐに忘れてしまうので、どうにか記録に取る必要があります。

蛇足ですが、私はこれまですごく良いアイデアが何度も浮かんだことがあります。
ところが、それらの相当程度を実現できていない。なぜなら、それを忘れてしまったからなんです。
あの時、メモさえ取っていれば、今頃スゴイことになっていたかも知れんわけです。

話を戻しますと、そんなことで、私は何とかアイデアを記録したい。
過去で言うと、ボイスレコーダーを常備したり、iPhoneのボイスレコーダーを無理に使ったり(同じですみません)。
そういう苦労をしてきましたが、結局、手帳にメモを取るのが一番間違いがありませんでした(当たり前です)。
今や、手帳へのメモを上回る効率をフリックを駆使したメモ入力によって実現しています。




これをやり始めて便利なのは、スタッフとの共有もすごく楽だということ。
思い浮かんだアイデアをメモに入力してすぐにメール送信という一連の動作になります(まあ、そんなもんを受け取るスタッフ側は迷惑かもしれませんが……)。




さらに、リマインダーにペーストすれば、納期管理も可能になります。
実は、このリマインダーがまた、私にとって病的に馴染んでます。
リマインダー自体はいろんなツールで実現可能でしょうが、私がなついてしまったのはiPhone、iPadに標準装備されているヤツ。
そもそもはソフトバンクショップのお姉さんに勧められたのがきっかけです。
何かの締め切りを忘れないようにと、得意のフリックで入力すると、なんだか使いやすい。
それ以来、何かとリマインダーで行動管理するようになった次第です。





さて、これによる問題点ですが、どこにいても何か気付いたときにiPhoneをいじり始める失礼なヤツになってしまう点でしょうか。
まあ、とにかくも着実にペーパレスと脱PCを目指しております。

頭蓋

 目の前にいる男の二十年前を思い出していた。目はくりくりとして可愛らしくさえあった。天然巻の長髪とすっきりしたアゴのラインが女性たちを虜にしたものだ。
 それが今はどうだ。どこにアゴのラインがあるのかもわからない。額はすっかり広がって、あれだけ澄んでいた瞳は黄色く濁り、目の玉がクリクリではなくギョロギョロ動いている。この男の妻を思うと、ただ気の毒でしかない。

「……ですからね。いっそのこと消してしまったら楽になると思って。それで手術っていうんですかね。受けようかどうか。まあ迷ってるわけですよ」
 えっ? 手術? 後輩の変わり果てた風采に気を取られるばかりで、話をまともに聞いていなかった私は、捨て置けないその語感に反応した。
 手術って、おまえ、なんか悪いの? 夢からようやく覚めたような素振りの私を軽く睨んでから後輩は続けた。
「ですからね、嫌なことばっかりなんですよ。ここのところ毎日。まあ、仕事もそうだし、家でもそうです。最近、スタートしたプロジェクトは何が目的なのかもはっきりしないし、いつ予算が打ち切られるかもわからない。おまけに、上役なんてまともに説明も求めてこないですから」

 後輩は誰でも知っている大手企業の管理セクションに身を置いている。大学を卒業して以来、辞めずに務まっているのだから、きっとそれなりに評価されているのだろう。ところが、久しぶりの再会から1時間というもの、ほとんど愚痴ばかりだ。いわゆる中間管理職として板挟みに苦悶しているのだろうが、こちらが聞き流したくなる愚痴っぷりなのだ。
「だいたい先が見えないことばっかりですよ」
 投げやったように後輩が言う。しかし、どこの世界で先が見えるというのか? それを返しても無駄であろうから、ただ黙して聞くしかなかった。
「ところがですよ。いつ打ち切られるかわからないプロジェクトなのに、人だけは何だかアサインしてくるわけですよ。もしかしたら、これはリストラ用のプロジェクトを偽装してるんじゃないかと思うんすよ」

 いよいよ、後輩の目つきがあやしい。いくら企業が巧妙にリストラを画策しようとて、わざわざ偽のプロジェクトを仕立てるなど考えにくい。ましてや、後輩が属する企業は、私が知る限りイギリス貴公子並みに上品なのだ。
「まったく先を考えると、嫌なことばっかりですよ。最近、プロジェクトに加わった社員は組織に要求するばかりでロクな働きもしない。たぶん、上司は僕にヤツのマネジメントを押し付けて、うまく辞めさせたら評価して、働きが悪ければ僕のせいにするつもりなんだ。そうじゃなきゃ、あんなヤツを……」
 あんなヤツがどんなヤツなのか、こちらには見当もつかないが、とにかく後輩にとっては耐え難いことなのだろう。上司が部下の手柄を取り上げ、失敗をなすりつけることはどんな会社でも起こりうることだ。これについては、妄想だと断じるわけにはいかなかった。

 でもな、お前、そんなに思い詰めなくっても、どうせプロジェクトはなくなるんだからテキトーにやっておけばいいじゃないかと差し挟んだ。
「いいですねえ、経営者は」
 すっかり全部をあきらめたように吐き捨てる後輩。思い直したように向き直って話を続けた。
「テキトーになんてできるわけないじゃないですか。こっちはサラリーマンですよ。いくら組織がリストラのために仕立てたプロジェクトでも、一生懸命やらなきゃ、いつ飛ばされるかわからないんですよ。地方にでも飛ばされたら、もう立ち直れないっすよ。営業なんか二度とやりたくないし」
 後輩の会社は伝統的大企業だが、確かに前線はなかなか競争的だ。営業の最前線で経験を積み、やがて本社勤めになり楽をするというのが、この会社における憧れのジョブローテなのだ。目の前の男はどうにかそのローテに乗っている。
「ですからね。プロジェクトが失敗ってことで終了になったら、僕の次はないんすよ。だから、それを考えると、もう気分が滅入って……毎日を過ごしていく自信がなくるんすよ」

 おまえ、うつ? 言いかけた言葉を何とか飲み込んだ。もしも後輩がウツなら、これ以上の反論は余計でしかない。私はただ耳を傾けるだけに集中しようと努めた。
「それで、あの先生に診てもらったってわけですよ。そうしたら、結構、言うことに筋が通ってる。人間の心配事のほとんどは実現しないって。それなのに悩むのは遺伝子的にプログラムされちゃってるからだって、そう説明されましてね」

 虚ろだった男の瞳に少しばかり生気が戻っている。どうやら、その先生とやらは、この男に希望らしきものを提示したようだ。
「扁桃体ってところに心配事が記録されてるらしいんですよ。そこは一時的な記憶の保存場所なんですけどね。要は当面する課題が多い時に、扁桃体がしっかり働くわけですけど、こいつがどんどん危機感を煽るらしいんです。つまり、人間が捕食されてた当時のプログラムが動くんですよ。周囲の環境が不穏な状態だと、それに反応して脳が危ないぞ、危ないぞって知らせるわけです。そりゃ、捕食されちゃう当時は、そうでなきゃ実際食われちゃったわけだから、正しいプログラムだったんでしょうねぇ。でも、人間が捕食されなくなった現代では、起きることもない心配事で人類は悩んでるってわけです」
 なるほど、確かに我々人間は出もしないお化けに怯えるということがよくある。だいたい不確実性の時代などと言うが、一体いつ確実な時代があったというのか? 人間、おかしなことを言うものだが、これも前史時代の遺伝子ゆえかもしれない。危機意識という名の強迫観念は人類共通に植え付けられたプログラムなのだ。
「それでまあ、治療を勧められたんすけど。どうも、最後の最後にビビっちゃって」

  彼が勧められた治療とは扁桃体の活性化を妨げ、逆に右脳の側頭頭頂接合部の活動を高める処置だ。それには、脳の特定部位に直接パルスを当てることのできるTMSー経頭蓋磁気刺激ーなるものが使われるという。
「扁桃体の動きを抑制すると余計なことを忘れられるらしいんですよ。でもって、右脳の側頭頭頂接合部を刺激すると、自他の区分が活性化して、自分勝手になれる。それで、先行きをいちいち考えなくなるってわけです。まあ、自分を騙すみたいなもんなんすかねえ」
  いい話じゃないか。それで、お前の気分が楽になるなら最高だ。そう、後輩に返すのだが、本人は今一つ浮かない。
「扁桃体は一時保存の場所ですけど、記憶とも蜜に連携してるんですよ。となると、もしかしたら、僕にとって大事な記憶も飛んじゃうかもしれない……そう思うと躊躇するんすよ」
  何を今更たわけたことを。無い物ねだりも大概にせえよと言いたくなった。
「いやぁ、怖いんすよ。子供たちのこととか、やっぱり大事だし。そういう思い出まで奪われるのは辛いじゃないですか」
 おまえ、一体どっちがいいんだ? つまり、先行きに怯え、出もしないお化けにヒビって生きるのと、お前のそのチンケな記憶とやらを持ち続けるのと? これは未来に生きるか、過去に生きるのかの選択だよ! 自分の指摘がはまり過ぎていることに酔った。後輩は黙ったまま俯いている。
 おい、しっかりしろよ! そのなんチャラいう先生を信頼したらいいじゃないか? その治療をやったからって、記憶が飛ぶとは限らないだろう? 後輩は何やら不満を抱えた様子のまま憮然としている。やがて、向き直るとギョロッとした目でこちらを見つめた。わずかだが、後輩の唇が震えている。

「だけど……あの先生、あなたが紹介してくれたんすよ」

点々

さて、24周年という中途半端なタイミングでの小さな会は、25年目に突入するタイミングが25周年だという思い違いから行われた。
「だから、25周年っていうのは、人で言うなら25歳になった時を指すんだよ」と(私は)言ったのだが……
その勘違いの彼は人一倍情報拡散力が強い(多少不確定なことでも、どんどん見切りで突き進むタイプ)。


で、それを素直に受け止めスケジュールブロックしていた海外在住のメンバーから「あれってどうなったの?」と直前確認が入った(計画を立てたら、その通りにきっちり行動するタイプ)。


そんなことで、急遽「24周年の集まり」が設営された。
「直前で集まることだし、仲間内だけで……」という仕切り。仲間内以外に一体誰を呼ぶのかと思いつつ、一方、相当に仲間と思われる者たちが他にもいるのだが、そんな細かいことはお構いなしという堂々たる企画であった。


企画担当は大手商社の内定を蹴ってインテ一期生として入社した男(何かと内部的なことを企画する位置付けはそれなりの立場となった今も変わらない)。
それを操るのが冒頭の24年を25年と間違っていたメンバーだ。


創業の地、外苑前のビル前に集合。


若い頃は、わざと遅れてくるタイプだったメンバー(常にハイテンションのため夏より冬に会った方がいいタイプ)が先に到着していて驚く。
リーダーは半ズボンにサンダルで登場だった。
「(目の前にあった)イタリアンレストランがなくなってるぜ」と全員が同じ感想を述べてから、幹事仕立てのワゴン車へ。


でもって、3年度目に移転した南青山のビル(地下)へ移動した。
ビル前では、季節外れの大雨で浸水したことを大声で会話。20数年前の災厄を不吉に撒き散らしつつ記念撮影。



次に5年度目に移転した南青山の別のビルへ(これも地下)。

「おお、家具屋になってんだなぁ」などと一目瞭然の感想を口々に述べて即撤収。
その当時入社したある女性社員の名前が思い出せない問題が発生(これについては最後まで誰も思い出せずに終了)。



そして、青山学院前のオーバルビルへ。
「ここの何階にいたんだっけ?」
「……10階じゃね?」的な曖昧なやり取り。


我々にとって、オーバルビルと言えば地下のマクドナルド。
今となっては時効だろうが、当時、廃棄されるべき残り物のハンバーガーを夜中にタダでもらっていた。
「もらってるくせに、冷えたポテトはまずいとかって、文句言ったんすよね」とは、留年に留年を重ね二度入社して今は社長になっている男の弁だ。
確かに、冷めきったポテトはうまくなかった。食っていたから知っているのだが……



その間、海外在住のメンバーが当時はなかったファミマで買い物する姿が見えた。
「何買ったの?」
「持って帰ろうと思ってさ」
何かとは答えず、袋の中身を見せる彼。
中には男性向け汗拭きシートが入っていた。
シンガポールって暑いんだね……ってか、あっちに売ってないの?
大いなる疑問を抱えながら、車は青山の某レストランへ。



原点ってか、点々と転々であった。
お疲れ様でした。

無糖(2/2)

 テレビ出演は白井にとって諸刃の刃だ。知名度がない自分にとってマスコミからの取材は願ってもないことなのだが、それはあくまで肯定的に扱われるときに限られる。



 「就業未経験者雇用促進法」の成立以来、その立役者として脚光を浴びる白井に対してマスコミは一様に好意的だ。しかしだからといって、一瞬たりとも気を抜くことはできない。地盤が全くない政治家だけにその危機意識は人並み以上に強い。



「さて、副大臣。あなたが成立に大きく関わった就業未経験者雇用促進法がダメ人材採用法だとかフリーター救済法などと言われていることに対してはどうお考えですか?」



 お茶の間で知らぬ者はいない有名キャスターが白井にせまる。しかし、そこには、嫌われ者を糾弾するときの鋭さはない。



「それは産業界の一部が法律の趣旨を曲解した結果に過ぎません。彼らは能力のない人材を無理に雇用しても活躍の場もなければ成長も見込めないと断言していた。ところが実際は、彼らが無能だと烙印を押していた人材を法律ゆえに仕方なく雇用したら、想像以上の働きだったというケースばかりです」



「強制雇用期間の二年間を過ぎても雇用を継続するつもりだという回答が七割を超えたそうですね?」



 キャスターが法案を肯定する方向に話を向けていく。白井にとって、それは申し分のない展開だった。



「その通りです。この法律が成立する前に大反対だった産業界において、一貫して法案に賛成してくれたある重鎮は『我慢して使っておれば、やがて必ず人は育つんだ』と仰っていました。その言葉通り、これまでダメだと思われていた人材がしっかり雇用され、訓練されることで一人前に育っていったわけです」



「まさに副大臣の狙い通りだったと?」



「そうですね、狙い通りでした。ここで申し上げておきたいもう一つの成果はブラック企業への影響です。ご存知の通り、本法律によって従業員数千名以上の会社は従業員数に対して1%以上、就業未経験の人材を採用しなければなりません。このことによって、ブラック企業が採用してきた人材が市場から消えてしまったわけです」



「その結果、ブラック企業の使い捨てがなくなったと?」



「そうです。対処療法ではなく、根本原因を修正することで事態が改善された好例と言えるでしょう。この法律はブラック企業を社会から排除する効果もあったわけです」



 法案における就業未経験者の定義はできるだけ拡大解釈できるよう設計されていた。新卒者がその定義から除外された上で、条文には「最初の就業以降、職務を発揮する上での十分な経験を有していない者」と極めて漠然とした表現しかされていない。その結果、いわゆるジョブホッパーと呼ばれる短期連続の転職者たちもその対象範囲と見なされたのだ。



 こうしてダメ社員採用法と揶揄される通り、日本の労働市場に滞留していたイマイチな人材たちが大手企業の「法律枠」で次々に採用されていった。結局、ブラック企業たちにとっての採用上の大票田があっという間に消失したのだ。



「まったくもって、副大臣は時代の立役者だ。これからも是非、画期的な政策を打ち出してください。今日はどうもありがとうございました!」



 キャスターは大げさな笑みを浮かべてコーナーを締めくくった。コマーシャルに入りセットの組み直しが始まると、まるで誰もいなかったように次の本読みを開始していた。



 



「いやあ、完璧でしたね」



 次の移動先への車中で秘書官はいつものごとく白井を持ち上げる。着任して間もない頃こそ、首筋にむずがゆさが走ったのだが、今ではすっかりそれが当たり前になっている。



「まあね。今のこの状況で、この法律を否定できる人間はいないからね。ブラック企業について触れられたのも収穫だったよ」



 党幹部の思い付きで発言されたブラック企業問題が、今こうして実効性あるかたちで結実している。その幹部からすっかり気に入られただけではない。強い保守思想を持ち、自由主義経済を根っから信奉し、金持ちと大企業が大好きと思われている今次政権が打ち出したリベラルな施策は党の支持層を増やす結果をももたらしている。今では、総理すら白井を高く評価するに至っていた。



「それはそうと、あのしつこい雑誌記者がまた面会を求めてきたので、適当にあしらっておきました。産業界との裏取引とか何とか、凝りもせず同じことを言っていましたが……」



 秘書官は世間話でもするように、まるでついでのことでも思い出したように報告した。秘書官が引き続き、この後のスケジュールについてブリーフィングする間も、白井は『裏取引』というおどろおどろしい表現を心の内で何度もなぞっていた。



『もし、企業に対して一定の解雇権を与えると言ったらどうでしょう? たとえば、五年以上勤務した社員や管理職であるなら自由にクビにしていいとしたら?』



 あの時、女性活動家が残していった重大なヒント。就業未経験者を全従業員の1%採用させることの見返りとして準備したものを反芻しながら、白井はその両手を固く握りしめていた。



 日本の企業には自由に社員を解雇する権利などない。一度、正社員として雇用すれば、よほどの業績悪化でもない限り、雇用調整することは不可能だ。それが、バブル崩壊以降、派遣を始めとする間接雇用活用の広がりを作り出した要因と言える。間接雇用なら、雇用調整がたやすい。それが若年の就業を妨げる結果を生み出したのだ。



 企業の本音からすれば、一番クビにしたいのは人件費の高い長期就業者だ。できることなら、中年以上の高給取りたちのクビを切り、人件費の安い若手を採用したいのだ。白井は女性活動家から得たヒントをもとに、こうした企業の本音を突いた。



『解雇権を与えるのは不可能です。しかし、長期就業者を有期雇用に切り替えられる法案をうまいこと通してしまうつもりです。それは、つまり……給料ばかり高くて働かない四十代や五十代を契約社員に切り替えられるということであり、契約期間が満了するとともに彼らとの契約を打ち切れるということです』



 この見返り提示は産業界における反対勢力を抑え込むには十分だった。本来なら、労働組合から猛烈な反対を受けるはずの法改正が、「就業未経験者雇用促進法」という新法のインパクトによって完全にスルーされてしまった。やがて、世間もこのことには気付くだろう。しかし、実際に契約社員にされ、さらにクビにされる中年社員が生まれるのは、まだ先の話なのだ。おそらく、その頃には、自分はまた別の仕事に取りかかっているはずだ。



 さらに言えば、ダメ社員採用法は想像以上に効果を上げている。日本企業がかつて経験してきたように、どんな社員でも腰を据えて仕事を教えれば、それなりに成果を上げるようになるものなのだ。産業界からは自らの“手抜き”に気付いたと反省の弁すら出始めている。雇われる側の意識も着実に変っている。いつ何時、クビになるかも知れないとビクビクするだけでも精神的負担になる。しかし今は少なくとも法定雇用期間の二年間は立場が守られる。それだけでも仕事に集中できるというわけだ。



 この新たな法律が着実に成果を上げることで、あの裏約束は永遠に履行されないまま葬り去られるだろう。白井は一瞬広がりかけた不安をかき消すように何度かかぶりを振った。



 



「先生のおかげで素晴らしい成果を上げることが出来ていますよ。私たちは本当に感謝しています。当社の社長も直接お目にかかりたいと申しておったのですが、あいにく海外出張が重なりまして」



首都圏郊外にある部品工場には最新鋭設備がつまっているらしい。白井が小学生時代に社会科見学で訪れた食品工場などとは比較にならない。実に整然としており、室内はまぶしいほどに明るい。素人目には研究施設にしか見えなかった。



「いや、どうかお気になさらずに。むしろ、就業未経験者雇用促進法がこういう最新工場でも役に立っていると聞きまして、うれしくなって飛んできたというわけです」



 工場長を名乗る男はどう見ても白井よりも若い。それなりに知られた大手企業だけに、拠点トップともなれば白髪まじりの壮年を思い浮かべていたのだが、それはもはや時代遅れなのだろう。



「役に立っているどころではありませんよ。この工場が成り立つために本当に必要な法律だったと思いますね。ご覧になって頂いておわかりの通り、ここでは試作品の製造とライン構築のための準備、それと特殊製品の製造しか行われていません。まぁ、よくありがちなことですが、本格的な製造ラインは全部海外です」



 秘書官と二人してなるほどと唸るしかなかった。白井が受けた印象の通り、ここは工場という名の研究施設なのだ。



「しかし、こんな最新施設で未経験者が役に立つんですか?」



 工場長は黙ったまま片側の口角を上げて微笑んだ。ついてきてくださいと促されて長い廊下を進み、建屋の中でも最も奥の部屋へと案内された。そこには三十人ほどの若者たちがスクール形式に並んだ長机を前にして腰掛けていた。漫画を読んでいるものいれば、しきりとスマホをいじるものもいる。中には付き合っていると見られる男女がヒソヒソと会話する姿も見られる。



 なるほど、彼らは休憩中なのか。白井がそう解釈した横で、秘書官が同じ感想を工場長にぶつけていた。一瞬、何のことかと思い当たらぬような顔つきを見せた工場長が先ほどと同じように方頬だけを器用に上げながら薄く笑う。



「休憩中ではないですよ。これが彼らの仕事です」



 今度は秘書官が驚いて意外な顔つきのまま固まった。白井にも何のことなのか想像もできなかった。



「あっ、安心してくださいね。最低賃金はきっちり払っていますから。彼らも喜んでいますよ。二年間何もしないで給料をもらえるんですから」



「何もしない?」



「そうですとも、彼らに出来ることなどこの工場には何一つとしてありません。今までこの工場に籍を置いていた四十代、五十代の正社員たちも事実上仕事がなくなっていたんです。その彼らは全員契約社員に切り替えました。例の法改正を使いましてね。それで、一挙に当社の海外移転がコンプリートしたってわけですよ。どうしてもこの工場にいる古くからの社員だけはリストラできなかったものですからね。いやあ、副大臣が法案を通してくれたおかげですよ」



 「そっ、そんな……そんなのひどいじゃないですか。法の悪用だよ。だいたいお宅はデカイ会社なんだから、就業未経験者ができる仕事は他にいくらでもあるでしょうに!」



 絶句する白井の横で、秘書官が工場長に抗議する。しかし、工場長が怯む様子はなかった。



「そんな仕事を作るくらいなら、こうやって何もしないでいてくれた方がいいですよ。余計な費用がかかってしまいますからねぇ。というか、こうやって使うための法律なんでしょう? 企業はみんなそう思ってますよ。本音と建前の使い分けは日本の伝統ですからね~」



 こちらに何の関心も示さない若者たちの間に、工場長の乾いた笑い声だけが響いていた。



(了)



前回とともに全部作り話です。って言うまでもないか……

無糖(1/2)

『「ブラック企業」社名公表提言へ 参院選公約』



 ちょうど2年前に保存したツイートを読み返しているところに秘書官から声が掛った。



「そろそろ出発のお時間です」



 朝から分刻みで大量の来客をこなしているというのに、一息つく間もない。今次政権の内閣改造で異例の抜擢を受けた若きホープ白井政男は促されるままに副大臣室を後にした。



「ワイドショー出演後はすぐに埼玉の部品工場まで移動して頂きます。副大臣に最新の雇用の現場を見せたという企業がありまして」



 執務室からエレベーターに乗り込むまでのわずかな時間でブリーフィングを受ける。ここ中央合同庁舎第五号館裏手の車寄せには、すでに公用車が待機している。裏玄関へと足早に向かう白井に気付いた数名の記者が今話題の「(通称)ダメ人材採用法案」を成立させた若手政治家にぶら下がろうと先を争って駆け寄ってくる。秘書官が時間を理由に記者たちを遮る間に、白井は後部座席へ滑り込んだ。



「副大臣もすっかり“時の人”ですね」



 車が走り出すなり秘書官は軽口をたたく。特別取り合うこともない白井だが、内心では助手席に座る官僚が言う通りだと思う。そもそも当選二回という駆け出しでありながら、数多の先輩議員を差し置いて副大臣に就くなど異例中の異例だ。有名議員の二世でもなければ、輝かしい実績を持つ政治学者でもない。大学卒業後、政治家を志して秘書となった。朝から晩まで奴隷のように働き、三十歳にして党公認をもらったのが一つ目の幸運だった。



 最初の選挙では所属する党に風が吹き、若さも評価されて余裕の当選。しかし、二度目の選挙ではライバル政党が圧勝する中、惨敗だった。何の地盤もない選挙区で知名度のない若手議員は風だけが頼りになる。それでも、浪人中、細やかに票を集め手応えを感じていた。



 今次政権が出来上がる選挙では圧勝。猛烈なフォローウィンドが吹いたせいでブッチギリの当選だったが、底堅い支持が生まれつつあることも実感できた。いつまた別の風が吹き形勢が逆転されるかわからないものの、党側もその得票率を無視することは出来なかった。



 そんな背景から二つ目の幸運が訪れた。党労働部会で政策チームの一員に指名されたのだ。しかも、その直後に「ブラック企業の社名公表」という打ち上げ花火が上がった。党の政策決定に関与する重鎮が思い付きで発言しただけのことだったが、これがきっかけとなって党内にブラック企業対応の機運が広がった。



「それにしても左翼運動家までやってきて、副大臣に感謝して帰るんですからねぇ。信じられませんよ」



 秘書官が感心した素振りでうなる。



「あの女性は左翼なんかじゃないさ」白井はまっすぐ前方を見据えたまま言葉を継ぐ。「彼女には特定の政治信条などない。ただ目の前にある現実的な矛盾を解消しようとして立ち上がっているだけのことさ。彼女の弟さんはブラック企業でひどい目にあったらしい」



 



 白井はブラック企業撲滅を目指す女性活動家とのやり取りを思い出していた。最初に彼女と会ったのは党がブラック企業の社名公表を打ち上げた直後だった。



『社名公表なんて無意味です。さらに言えば、どんな基準でブラック企業を特定するというんでしょうか? 求められるのはもっと本質的な施策だと思うんです』



 党内の労働関係議員に片っ端から電話アタックしていた彼女を地元からの陳情と勘違いした秘書が誤って取り次いでしまったのがきっかけだった。始めは適当にあしらって終わらせるつもりだったが、彼女の道理には頷ける部分が多分にあった。



『つまりそれは、ブラック企業の社名公表という消極策ではなく、より積極的にブラック企業の実態を変革させる政策を打てと? そういうことですか?』



『その通りです。結局、彼らが抱える問題の本質は若い社員を安い賃金で長時間働かせているということです。さらに、深刻なのは、そうした若い労働力はいくらでも代替が効きます。企業は好きなだけ使い捨てが出来るわけです』



『使い捨てられてしまうようなスキルしかない社員側にも問題がある気がしますがね』



『そうです、全く先生の言う通りです。でも、昔の会社ならそういう多少ダメな人材でも我慢して使ったはずです。ところが最近の企業はそうした許容力を失ってしまいました。経営者は競争の激化を言い訳にして、すっかり堪え性がなくなってしまったんです。つまり、私のアイデアは一定規模以上の企業にダメ人材を強制雇用させるということなんです』



『ダメ人材の強制雇用!?』



 思わず聞き返しながらも、白井は彼女のアイデアに多少の現実味を感じていた。彼女の考えはこうだった。ブラック企業が生み出された素地は、失われた二十年間の中でゆっくりと、しかし着実に作り出された結果だ。各企業が国際競争力に打ち勝つべく派遣などの間接雇用を増やし、社員の育成へのコミットを放棄していった。結果として育成されない若手ダメ社員が数多く生み出され、そうした連中が人材マーケットに溢れかえった。若い労働力をテコに成長を目指す企業にとっては、それがうってつけの環境だった。



 採用できる人材はいくらでもいる。そして、酷使するだけ酷使して使い捨てたとしても競争激化を理由にさえすれば許される空気。誰からもさして責められず、競争相手も同じように行動していれば、企業に恐いものはない。そうして、ますます企業は人材活用に対する姿勢を「ブラック化」させ、今日ここに至ったのだ。



『だいたい過去最高益を更新しながら、雇用数は全く増えていないという企業ばかりですよ! そういう企業に未就業者たちの雇用責任を負わせれば、これまで使い捨てられていた人材がマーケットから減少します。つまり、代替を見つけにくくできるわけです。さらに、強制的に雇用されている間に少なからず人材のスキルは上がります。もし、強制雇用期間後に辞めさせられたとしても、その人材が次の仕事にありつく可能性が上がるんです。それを高い視点から眺めれば、日本の人材市場の価値上昇ということにもなるわけです』



『しかしなぁ……』



 白井はアイデアを噛みしめていた。この自由市場で企業に雇用を強制するなどあっていいことなのか? それを察するように女性活動家は更なるアイデアを披瀝した。



『自由市場の中で、雇用を強制するという発想に違和感があることはわかっています。でも、もし、企業に対して一定の解雇権を与えると言ったらどうでしょう? たとえば、五年以上勤務した社員や管理職であるなら自由にクビにしていいとしたら?』



 革命家のような鋭い眼差しでせまる女性活動家に白井は少しずつ引き込まれていった。

通達

ブラック企業の話が思いがけない反応を得ております。そんな中、ブラック呼ばわりで悩む企業の人事担当役員が管理職に宛てた社内メールを入手したのでご紹介したいと思います。
(※社名部分は○○○と置き換えています)


===以下抜粋===

過日より全社管理職会議などで議案に上がっております「当社に対するブラック企業なる極めて不名誉な中傷」について大変残念な報告がございます。当社システム部が鋭意取り組んできたヤフー社、グーグル社など検索サイトへの働きかけは本日現在捗々しい成果を上げておりません。「○○○ ブラック」「○○○ ブラック企業」など、勝手に出てくる機能(サジェスト機能と説明を受けております)の削除を求めてきましたが、ヤ社、グ社らは公共性などを盾に一切対応しない姿勢を崩しておりません。

一方、先月の優績者懇親会の場において複数の社員から「友人に勤め先を言いたくない」「言ったら『いつ辞めるの?』と聞かれる」「お前の会社って×××(この場で書くことすら憚られる中傷)だってネットに書いてあるよ」など、日々堪え難い思いをしているとの切実な声が上がりました。皆さんもご存知の通り、オーナーはこの懇親会を大変楽しみにされており、四半期に一度じゃ足りんとのご判断で今期から月1回に増やした経緯があります。

社内報用のツーショット写真を一人一人と丁寧に撮影し、がっちりと握手をされるという恒例行事までは上機嫌でいらしたオーナーがブラック企業の話題が始まるとともにご気分を害されたことは言うまでもありません。オーナーの前でブラック企業の話題は「厳禁」と通達しましたのは前期末でありますが、未だにこれが徹底されていない事実に人事・組織を預かる立場として心痛を覚えます。
本来であれば、ブラック企業を話題に出した社員並びにその管理者を厳罰に処すところでありますが、優績者懇親会という場の性格上今回は不問と致します。

さて、このようないきさつから我が社のブラック企業問題に対して、オーナー自ら強い課題認識をお持ちになられ、今回経営会議にて重点的に協議された次第です。冒頭、オーナーから「だいたいウチは残業代だって、人件費だって毎年上がっていってるじゃないかっ!」と至極ごもっともなお話をされました。事実、前期につきましても人件費は対前年15%上昇しております。
これに対して経理部長より「まあ、店舗と従業員数が増えてますので、それに比例しているだけですけどね」などと当事者意識を欠いた発言があり、これを受けまして、経理部長は経理課課長代理に降格となったことを申し添えます。

最大の収穫はたまたま臨席したシステム部山田部員からの提案であります。
「いっそのことホワイト企業を名乗ったらどうですか?」という一瞬退職勧奨がチラつく発言からスタートいたしましたが、そこはさすが本質を見抜くオーナーだけに顔色一つ変えずに当社の若き技術社員の意見に耳を傾けられました。
「検索サイトのサジェスト機能はユーザーが頻繁に検索したワードを引っ張っているだけですから、たとえば当社がホワイト企業として何度も検索されていれば、ホワイト企業というサジェストが上がってくることになるんすよ。だから、色んな人にウチの会社はホワイト企業だって書きこんでもらって、それと同時に『○○○ ホワイト企業』って検索掛ける人が大勢いたら、いつかウチの会社はホワイト企業ってことになるんすよ」
この奇抜としか言いようのない意見に対して、オーナーはしばらく沈思黙考され……
「ゴールド企業で行け」との見事な決断をされたのです。ブラックに対しホワイトではいささか真正面過ぎることは言うまでもありません。確かにゴールドとなれば輝かしいことこの上もなく、オリンピック招致で盛り上がる国内を考えればなおのこと相応しいとなり、全会一致にて「ゴールド企業」となることが決議された次第です。

具体的には、当社2500名を超える従業員が力を合わせ、毎日グーグル、ヤフーなどで「○○○ ゴールド企業」と検索をすることと致します。管理職の皆様におかれましては、日次管理においてしっかりと検索実行しているか否かを怠りなく確認頂くようお願いいたします。
これと同時並行にて、当社関与先(仕入先・そのまた仕入先などなど)に対して「○○○ってゴールド企業だよね」といった書き込みをブログ・フェイスブック・ツイッターなどに積極展開するよう要請済みであります。また、当社にとって憎むべき2チャンにおいても「【ゴールド企業】○○ってすごいよね」などのスレ(スレッドの略)が立っていることを併せてご報告いたします。
本件につきオーナーより以下のようなメッセージを授かっております。
「ゴールド企業として我が社は新たな成長段階に突入する。もうブラックなどとは言わせない。その決意を胸に全社一丸となって輝いていこう」
個人的にはこの貴重なお言葉はおそらく生涯忘れることはなかろうと考えております。ブラックなどと呼ぶ世間を見返すべく日本最初のゴールド企業として胸を張ってまいりましょう。
以上



言うまでもなく作り話なので、これってどこの会社ですかとか聞かないでください。

黒色

寝食を忘れて仕事をするという表現があるが、そうやって頑張っている会社は今でも山ほどあるはずだ。
個人的にもそういう経験を積み上げる中で、多くのものを見い出してきたと思っている。


つい最近、自民党が「ブラック企業の社名公表」を次期選挙の公約に掲げるという話を耳にした(現実的にはツイッターを見た)。
話の発端は1ヶ月以上前のことだが、ブラック企業として取沙汰されることもある飲食チェーンのオーナーが参院選に担ぎだされるという話から、再び「ブラック公表」の話題が増えているようだ。


冒頭書いたように、時間を忘れて一生懸命に働くことが是でないなら、人材という資源しか持たない日本は一体どうすればいいのか? そして、そうやって働くことをよしとする集団を挫くかもしれない「ブラック企業」狩り旋風はいかがなものかと思う面がある。


私の主張はこうだ。
まず、「低賃金で長時間労働を強いる」……これは明らかに経営の怠慢(同時に労働する者からの収奪行為)であって許されない。もちろん、法的にも問題になるケースが多いわけで、安い賃金で休みもなく働かせるのは「悪」。これは社会的制裁の対象であると考えている。


一方、経営者も死ぬほど働いている。しかも低賃金で死にもの狂いで働いている。その成長欲求に共感して社員もまた寝食を忘れて働いている。ところが、それについていけない(脱落する)社員が出る。その社員が辞めていく。かなりの率(例えば入社して半年以内に半分は脱落する)で辞めていく。これは「悪」なのか?


会社を成長させるということはそんなに甘いもんじゃない。9時5時できれいに働いて企業を成長させるなどおとぎ話だ。というか、聞いたことがない(あれば、教えてほしい。もちろん、成長率の程度にもよるだろうが、昨日より今日、今日より明日と日次で成長を刻んでいこうとする会社ならフツウの働きっぷりじゃ絶対無理だ)。


大いなる矛盾がここにある。つまり、世の中は「成長」を求めている。アベノミクスの三本の矢のうち、最も見えないのが「成長」だ。ごく簡単に考えれば、経済的成長を実現する術は「多くの人々がたくさん働くこと」だ。
できれば、それらの人々全てが喜々として前向きに(言葉通り寝食を忘れて)仕事ができていることが望ましい。しかし、それを出来ない人が生まれるのもまた事実。でも、それは成長を実現する為の副産物ではないのか?


私はたくさん働くことをよしとして成長した企業をたくさん知っている。それらの企業に共通して言えるのは、社員に対する要求程度がとても高いということだ。その結果、ついていけずに辞める社員が出る。
そうこうしているうちに、会社としての基盤が豊かになり(時に上場してみたり、業界を代表する会社になってみたり)、やがて労働条件を緩和していくというプロセスを踏んでいく。成長を牽引し、社員にどんどん要求してきた経営者も徐々に丸くなり、「まあ、そこまで言わんでも」ってな具合でユルくしていくのが通常で、そこで「ブラックっぽかった」成長企業が「まともな企業」へと脱皮(黒からグレイ、グレイから白への転換……人の老化プロセスに似ている)するわけだ。


ところが、そうしたユルい脱皮を拒否する経営者もいる。私はそれがファーストリテイリングの柳井さんだと思っている。柳井さんの要求程度はどうやら全く衰えていない。おそらく自分への要求レベルも全く下がっていないし、当然組織への要求も田舎の安売り用品店の当時から大して変らぬレベルを維持しているのだ。
これが凄くなくて何が凄いのか?(これだけでもファーストリテイリングの株を買う理由になる) フツウの(それでもフツウとは言いがたい成長企業なのだが)会社なら、経営者の要求レベルが切り下がって、世の中に認めてもらえる「良い会社」「大人の会社」になろうと考える。デカイ会社になって、世の中から責められるなど堪え難い。ところが、そんなことは知ったことかとばかり、成長フルスロットルをやり続けているわけだ(すげえ)。


ファーストリテイリングはブラック企業公表が始まってもブラック企業になることは100%ないだろう。だって、法的に問題になる行為があるとは考えられないから。(もし、離職率が高いという理由でブラック認定されるようなことがあったら、こいつは大変なことになる。厳しい環境の会社が離職率が高いのは避けられないのだし、辞めるというチョイスこそ働く者の権利なのだから、それが正常に行使されているに過ぎないはずだ)


さて、こうして考えると、今ブラック扱いされる名の知れた会社たちはほとんどブラック認定されないものと思われる。というのは、今、ブラック扱いされている(例えばユニクロ)会社たちはほとんど法的に問題がないであろうからだ。
それではなぜ彼らはブラック扱いされ、それが流布して止まらないのか? その本質は、それらの会社が世の中に「嫌われている」からだと思っている。ユニクロの製品を日常的に買っていても、なんだかユニクロが気に入らないという人が結構いる。しまいには、柳井さんも大っ嫌いという人もいる(会ったこともないくせに)。


要は、何だかフツウじゃない行動が鼻につくのではないだろうか? もし、彼らが極めて没個性的な行動しかしない会社ならブラックなどと取り扱われることすらないだろう。
また、(客観的に見て)嫌われても仕方ないだろうという発言や行動もあることにはある。
(柳井さんの「離職率半分はさすがに多いけど、三分の一ならフツウでしょ」という日経の取材での発言には驚いた。そこまで言わなくてもいいのにと……あるいは、渡辺美樹さんの「人間が働くのは、お金を儲けるためではなく人間性を高めるためである」というような極端なきれいごと。これについては、ナチスの強制収容所に掲げられていた「労働は汝を自由にする」を思い出す不思議)
そう考えると、世の中のブラック呼ばわりされている会社はもう少し見せ方を考えればいいはずだ(どうもその辺りが、嫌われることをよしとして故意にやっているようにも見えるのだが)。見せ方を意識することで、実際に中身も変わっていくのだ。


私は、ブラック企業なるものの公表を思想として賛成している。しかし、それが始まっても認定が難しいという点から、ほとんど機能しないだろう。一方、この動きを通じて社会に流れる「長時間労働」=「全面的に悪」という短絡的な思考が変に広がらないことだけは願っている。

三文

時間の使い方に関して久々に悩んでみました。
その前に「忙しい」の定義から入る必要があるでしょう。
ってのは、元来忙しいと感じない限り時間の使い方で悩む必要はありません。
(と言いながら、暇で暇で仕方なくて時間の使い方に悩むケースに気付いたが、これは軽く無視しておきます)


私が昔突き当たった壁で言うと、とにかく1日が24時間では足りないという状態。
一般的に全く寝ないで生活することはできないので、寝ている時間と移動している時間以外はほぼ仕事だけしている感じ。
正味時間にして1日18~20時間程度でしょうが、それでは時間が足りないくらい手に余る仕事量がありました。


①自分に対する要求度が高く(要はハングリーだということ)、
②周囲も異常なストイックさで仕事にまい進しており(要は仕事をしまくっていないと組織内での立場を失ってしまうってこと)、
③仕事以外のあらゆることを犠牲にする神経を持っている(仕事が全ての中心であって、それ以外の恋だとか友人だとか趣味だとかは全部後回しなので、やがて仕事以外になくなるのでより拍車が掛るということ)
という場合、全くブレーキを踏まずに仕事を取りまくるので、時間が無くなるわけです。


それでも①②③の状態なので、更に詰め込もうと努力します。するともう、何が何だかわからないうちに目まぐるしく1日が過ぎ去っていくという寸法です。
これが忙しい状態。
(したがって、今の私は忙しくありません)


さて、そうやって時間がマジで足りないという経験を積み上げていくと、どうにかもっと有効に時間を使えないだろうかと考えるわけです。
(随分と試しました。役に立った代表的なものはやっぱり「七つの習慣」です。)



あるとき、シリコンバレーは朝が早いという話を聞きつけました。
朝の5時くらいから働いていると。それでもって、午後の3時、4時には早じまいしているんだということでした。
(東側との時差があるのと車通勤によるラッシュが激しいためと聞きました)



それで「これだっ!」と思いましたよ。
確かに朝なら能率もいい。
早起きは三文の得。
Early bird gets the worm.


「古今東西、朝動くのが正しいと教えているじゃないかっ!」
てんでメンバーを励まして、なんなら始発で出社だぁ~ってやってました。


ところが……
会社のほとんどの連中は夜型。
役員会で全員そろうのが23時。その後、打ち合わせが25時からなんつう非常識な時間設定がまかり通るわけ。
俺は始発で会社に来て仕事してんだよ! って主張しても意味はなく……夜遅いのは変わらず、単に朝が早くなっただけでした。


まあ、それでも、朝早い方がいいという考えはそれ以来変わってません。
で、今回久々に悩んだ結果については、また今度。

感想

何となくこの1ヶ月ほどの拙著に関する動きというか、自分自身が得た感想(経験)を連ねてみる。



まず、足元の状況。
(個人的に業績レポートは常に足元状況からすべきと思っている)



ええ~、はじめにAmazonでの売れ行きですが、総合ランキング1,000位以内をキープしていたのも束の間。ずるずると下降して現在(本日6:00時点)5,321位となっております。
どうも復活していく様子はなく残念としか言いようがございません。



気を取り直しまして定性面ですが、これと言った強烈な非難に遭うこともなく、概ね良好な感想(レビュー)を頂いております。
直近ですと「投稿者:ダンディパパ」さまより以下のようなありがたいお褒めの言葉を頂きました。
『「奥さまはCEO」一言で表すと「滅茶苦茶面白い傑作小説」です。』



感想と言えば、「ドキドキした」「ハラハラした」「キュンとした」といった、いわゆる「ドキハラキュン」的反応を一部から頂戴し、素直に喜んでおります。
個人的には、「ドキハラ」までは得られる感想と思っておりましたが、「キュン」となりますと違う緊張が走ります。



一般的に「キュン」とは、いわゆる「胸が締め付けられる」ような思いを指すと見られ、これは加齢でもない限り主に心因性でありましょう。
つまりは、拙著において、胸が締め付けられたという読者がいらっしゃるということであり、これはもう「やってよかった」としか感想の持ちようがございません。



話は変わりますが、「やってみるもんだなあ」と思ったのが、ツイッターです。
しかも、かなりストーカー的な使い方をする中で、ネット内での静かな広がりを実感しております。


私の日常行動はこうです。
ツイッターの「#見つける」で「奥さまはCEO」を検索。
そこで拙著についてつぶやく人に「ありざっす」のような軽めの返信(一方的なので厳密には返信とは言えない)をするのです。
そこでつぶやきの主は「ええっ! 著者?」という驚きとも呆れとも取れる声を上げ(おそらく)、真剣に感想もつぶやこうという動機付けを得られるというわけです。


それだけではありません。
日に一度、「Yahoo!リアルタイム」(知ってました? これって24時間以内のネット上の発言をがっさり見つけてくれる検索エンジンです)で「奥さまはCEO」を検索。
ブログ、Facebook(自分の発言をオープンにしている人だけ、ちなみにFacebook上のタイムラインをフルオープンにしている人って1割に満たないそうですね。7%という話を聞きましたが、定かじゃないです。でも、この辺りの話はマジで勉強になりました)で拙著について語っている人のところをお邪魔し「ありざっす」みたいなやや重たいメッセージを落としております。



こんなことをやってますと、ツイッター上でダイレクトメッセージするのは軽い感じがするのですが、Facebookのタイムラインに友達でもない自分が絡んでいくのはすごく重い感じがするんです。
この感じは何だろうなあ……
ツイッターは公衆の場でたまたま居合わせた他人にちょっと挨拶(会釈くらい)をする感じなんだけど、Facebookのタイムラインに入っていくのは、他人の家に勝手にお邪魔するイメージ。
「勝手に入るんじゃないよっ」ってお叱り受けそうでビビります。なので、ここ直近はFacebookにお邪魔するのはやめました。


てな感じで時間になりました。
また、今度。
皆さん、引き続き良いGWを!


Amazonのカストマーレビューはこちら
booklogでのレビューはこっち
ブクレポのレビューは少なめ……てかお一つ

http://bookrepo.com/book/show/2712445

珈琲

古い佇まいの珈琲店に入った。
時間調整が目的であってコーヒーの質を求めたわけではない。
たまたまそこにあり、煩わされない雰囲気があったからに過ぎない。


メニューが出され、シティロースト、フルシティロースト、ナンチャラカンチヤラ、ウンヌンカンカン……と書いてある。
とにかく見慣れない名前ばかり。頭の4種類が700円であった。


そしてその4種類の下から右側に掛けてツラツラとコロンビアやらキリマンジャロやらといった名産地(と推測される……私のコーヒーの知識は浅い)が並び、800円、900円……と徐々に高くなっていく。
それぞれに赤い星と黒い星が銘柄の横に付してあった。
赤は酸味、黒は苦味だという。


私は個人的にコーヒーの酸味を好んでいない。かといって、必要以上のロースト感も好きではない。
そこで、星の読み方がわからなくなった。
つまり、酸味が少ないのを選んでローストが(つまり苦味)が増すのは避けたいわけだ。
うーん、どれを選ぶべきやら……
カウンター越しの彼女は化粧気はないがキレイな顔立ちだ。鼻筋が通っていて美しい二重がくっきりと弧を描いている。その彼女に迷いを伝えた。
「どれが一般的なんですか?」
相当に真意を要約した。


ふらっと入っただけの珈琲店で必要以上に細かく聞きけば、彼女の顔立ちに惹かれて思わず絡もうとする中年男と見られかねない。
だから、さらっと聞くしかなかったのだが、その真意はこうだ。


「実は時間調整でふらっと入っただけで、そんなに時間があるわけじゃないんですよ。てか、君、バイト? あっ、ゴメンね。立ち入っちゃって。
話し戻すと、そんなわけだから1000円のキリマンジャロとか要らないの。
一番安いので全然いいんだけど。でも、金を惜しんでるわけじゃないってことをわかってほしいんだ。
でね、例えば、タリーズのフレンチローストみたいな、ああいうかなり焙煎したやつは嫌いなのよ。かといってコーヒーの酸味もあまり好きじゃない。
それで、この赤い星と黒い星は? ああ、下に書いてあったね。ごめん、ごめん。
えっと、バイトだったっけ? そうだよね。関係なかったよね。
話を戻すと、要はね。酸味がきついのも苦味がきついのも嫌だったらどうしたらいいかな?」


それを端的に言葉にすると
「どれが一般的なんですか?」
であった。


彼女は特別こちらを見るでもなく答える。
「そうですね。ウチではシティローストが一番フツウです」
その語り口はどこか幼い印象を与える。見た感じ20代後半だというのに、そのギャップが人気の秘密に違いない。


「じゃあ、それで」
私も突き放すでもなく馴れ馴れしくもせず、大人の雰囲気で応じた。
この場では一番フツウがいいに決まっている。それはつまり彼女のレコメンでもあるのだ。
彼女は目線をカウンターのどこかに維持しながら、静かにメニューを閉じ、ゆっくりと奥へと歩いていく。
カウンターに点々と並ぶ男たちはそんなやり取りを横目に、それぞれにコーヒーの香りを楽しんでいた。
心地よい香りが漂う店内。そして、大人たちの静寂ーーーそれ破るように可愛い彼女の声が響き渡った。


「ブレンドで~す」


って、ブレンドだったのかよ……
じゃあ、なんでメニューに書かねえんだよっ!